アルケミラの小部屋

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アルケミラとイセスのこべや その12







  ―――灼熱の炎が、一瞬、視界を紅蓮に染め上げた。



 冬の凍てついた大気を貫く、魔弾の焔が風を焦がす。
 燃え盛る風は紅の熱を孕んで、まるで竜の遠吠えのように轟、と強く嘶いた。

 肌を叩く余波だけで、判る。クリティカルヒットだ。
 炎の魔弾のアビリティは、涼介がよく使っているから、理解が深い。
 駆け抜ける紅い風の余韻が、ずっと伸ばし続けている長い髪を揺らし、乱す。
 それは、涼介が放つ、最高の一撃が起こす風に、そっくりだった。



 毎週恒例のBC。多くの参加者たちにとって、いつもと変わらない、学園の催す戦いの祭典。
 けれど、今週のBCは、僕たちにとっては、特別な意味を持ったBCだった。
 依頼で一度、一緒に戦っただけの人なのに、不思議と、縁の途切れない一人の先輩。
 アルケミラがよくブログに遊びに行く、面白くて―――優しくて、強い一人の先輩。

 黒山・白児さん。
 その人と、僕たちは戦う約束を、した。

 黒山先輩が、ソロチームで黙示録に参加していると聞いて、僕もアルケミラも驚いた。
 4人チームですら勝ち抜くのが困難なこの催しで、ソロチーム。
 それは、一見無謀に見えて、内実、合理的な計算の上に成り立った戦法だった。

 黙示録は、レベルが関係なしに対戦のカードが組まれるシステムになっている。
 相手チームとのレベル差が大きければ、リザーバーに使役ゴーストが配置され、レベル差を調整する。
 リザーバーの使役ゴーストの中には、駆け出しの能力者を歯牙にもかけない強力なものも存在する。
 だけど、リザーバーに強力な使役ゴーストが配置されたとしてもソロチームでは、司令塔の能力者は一人。
 その能力者が倒されれば試合は終わってしまう。司令塔が、居なくなってしまうからだ。

 いくら、1試合ごとにアビリティも体力も全快するとはいえ、火力が集中することの多い黙示録。
 ソロチームでは、予選を勝ち抜くのは確かに難しい。―――けれど、BCなら?


 BCでは、チームのレベルが近いチーム同士が戦い、勝ち抜き方式で敗退するまで試合を行う。
 そして、勝利数を競うシステムになっている。つまり、ソロチームであれば、相手は同じくソロ。
 同レベル帯の能力者と戦い、勝ち抜いていく1on1の形式に近くなっていく。

 
   「それなら、同じレベル同士で戦ってBCで一番多く勝てばいい」


 システムを利用した上で、自分の力を信じて、戦い抜く。
 他の要因の介在する余地のない、シンプルで、合理的な戦術理論。

 それを理解した時、最初はただ、「面白そうだな」と、思っただけだった。
 そして、それを思いついた黒山先輩を「すごい」と、改めて尊敬した。
 もしかしたら、誰か人づてに聞いた戦法なのかもしれない。
 けれど、それに気づかせてくれたのは、僕にとっては黒山先輩だから。
 感謝の念と、それを実行に移せる行動力に抱いた尊崇は、変わらなかった。


 ある週に、アルケミラと一緒に軽いつもりで、ソロチームで参戦した。
 その週のBC後に、黒山先輩のブログで、あと1試合勝てば、僕たちは戦えたことを知った。

 どうして、そのことに僕は気付かなかったんだろう?

 僕と黒山先輩は、レベルが1程度しか、離れていない。
 僕たちは、BCで“戦う可能性がある”―――「戦ってみたい」と、思った。


 誰かに対して、そんな気持ちを抱くなんて、思ってもみなかった。

 汐音さんに恋した時は、「追いつきたい」「一緒に戦いたい」と、思った。
 「守りたい」と、いつも思っているけど、僕は、汐音さんの盾になるには、脆過ぎる。
 それなら――あの人が戦っている傍で、あの人の脅威を打ち砕く射手となって。
 汐音さんの、茜色の心が落とす影法師となって、傍に居て、戦えばいい。
 自分の非力な弾丸で出来る、最大効率の戦果を出す。それはずっと変わらない、僕の戦い方だ。

 黙示録で「チームで勝ちたい」と思うことはあっても、特定のチームと「戦いたい」とは思わなかった。
 黙示録ではチームでの連携と、色々な人の使うアビリティ、戦い方を学ぶ場だと思っていたから。
 たとえ、予選ですぐに敗退したとしても、それは僕たちの確かな経験になる。

 僕にとって、尊敬や尊崇を抱く人は、胸を借りるべき相手。助言を求める相手だ。
 練習試合や訓練をする時以外に、その人と戦うことなんて、考えたこともなかった。
 だから――――黒山先輩と戦えるかもしれない、と思った時。「戦ってみたい」と思った。

 その人と、全力を尽くして、戦って。
 僕が、この学園に来てから培った力を全て出し切って。
 黒山先輩と一緒に戦った時から、どれだけ強くなったのかをお互いに確認し合って。
 勝った後も、負けた後も、笑い合いながら……再戦に、胸の闘志を燃やせるのなら。
 それは、どれだけ、楽しいことなんだろう?


 想像すると、水曜日が待ち遠しくて、仕方無かった。
 アルケミラも、そんな機会なんて滅多にないから、とても嬉しそうにしてた。
 アルケミラは、僕が、僕自身の為に、僕を費やすことを何よりも喜んでくれる。
 余計に、嬉しくなって。火曜日は一日、そわそわしっぱなしだった。


    『勝ちたい?』


 火曜日の夜、微笑みながら、アルケミラがそう聞いてきたから。
 僕も、微笑みながら、頷いた。


    「うん。勝ちたいよ」



 水曜日に、プールへ駆け出して、対戦表を見て。
 すぐにイヤな予感がした。僕と黒山先輩の間の1レベルが、重い差になって響いてる。
 初戦で戦えない。万全の状態では戦えないみたいだ。
 でも、だけじゃない。それ以上のイヤな予感が、胸を締め付けた。

 申し訳ないと思いながら、溢れて来る不安に背中を押されて、試合会場の入り口へ駆け出した。
 先に、戦ってる姿を見るのは、残りアビリティの回数や体力が判ってしまうから、フェアじゃない。
 でも、そうしなければならない気がして、試合会場へ走った。

 廊下を走りながら、イグニッションする。アルケミラも一緒に、長い廊下を走った。
 試合会場の入口にたどり着いた時、黒山先輩の、戦っている背中が見えた。
 その背から立ち上るのは、黒燐蟲の放つ黒の燐光。
 そして、強く、激しい―――闘志。龍顎拳を放った直後だろうか。拳は空を向いていた。


 二人で、大きな、広い背中を見つめた直後に―――灼熱の炎が、一瞬、視界を紅蓮に染め上げた。



 相手の炎の魔弾が、一撃で黒山先輩の体力をごっそりと削ったのは明白だった。
 “回復を”――僕と黒山先輩の思考が、重なる。少しでも体力の消耗を抑えないと。
 それにあと一撃、魔弾を受ければ、倒れてしまう。だから、少しでもいい。回復を。


 黒燐蟲が体を覆い、傷を癒していく。
 僕とアルケミラが、気の抜けない状況の中、一筋の光明を見つけて、安堵の吐息を零そうとする。
 けれど………僕たちに、息を吐く暇なんて、なかった。


 鳴り響く、二度目の竜の吠声。
 舞い踊る紅蓮の焔の火勢は、一度目の物と大差がない。
 もう一撃目の、クリティカルヒット。


 隣で、「ひゅぅ」と掠れた音が、聞こえた。アルケミラが息を飲み込んだ音。
 詠唱兵器のロングコートの袖に掛かる重みは、アルケミラが袖口を思わず、掴んだ感触だった。
 頭の中の冷静な部分が、黒山先輩の戦闘不能を告げていた。

 爆炎が晴れる。射手に拳が届く距離に、人影。
 瀕死の状態の体を引き摺って、黒山先輩が立っていた。

 僕たち能力者に残された、最後の力。魂の力。
 それは時として、肉体の戦闘不能を凌駕して、倒れた僕たちを突き動かす。


 その姿を見た時、僕たちと、黒山先輩の戦いは、もう叶わないのだと。
 アルケミラが、諦め、哀しむ心が、僕に伝わってきた。


 黒燐蟲の癒しの黒光が傷を癒す。
 魂の力に呼応したのか、黒燐蟲の癒しは大幅に黒山先輩の体力を回復させた。
 それでも、全快には足りない。アルケミラの指の力が強くなった。
 コートの裾がくしゃくしゃになるほどに、強く掴む。
 二人とも、一時も目を離さなかった。

 ものともせずに紅の牙が唸り、目の前の体を燃え焦がしてゆく。
 流石にもうクリティカルヒットは出ない。回復した体力がダメージを上回った。
 さらに、黒燐蟲の光が重なる。2度目の回復の輝きが、さっきよりも弱い。
 嘲笑うかのように、3度目の砲撃が開始される。

 轟音。直撃。そして灼熱の余波。3度目のクリティカルヒット。
 隣で声のない悲鳴が聞こえる。細い二の腕を握り締める、アルケミラの指の方が折れてしまいそうだった。
 自分の手をその手に重ねて、包み込んで。僕の顔を見つめるアルケミラに、向き直らず、ずっと前を見ていた。

 黒山先輩は倒れない。2度目の凌駕が始まった。
 拳が吠える。既に回復を捨てている。勝つ為に、拳が振り抜かれた。
 風切り音を奏でる雷速の一撃を、相手がスウェイしてかわす。
 虚空を穿つ拳が、さらに強く、堅く握り締められる音が聞こえた。幻聴なんかじゃ、なかった。

 ガラ空きの胴体に、4度目の火線が疾る。
 轟音。直撃。再びのクリティカルヒット。

 重ねた僕の掌に、雨粒が落ちた。室内で、振る筈のない雨。
 けれど、それは確かに降り注いで、弱気になる僕たちの心を打った。
 強く手を握る。後から後から降り注いでくる雨に、負けない様に。
 視線は逸らさない。隣に居るアルケミラも一緒だった。

 真冬とは思えない程に焼けた、大気。
 焔を引き裂いて、拳が唸る。3度目の凌駕。気魄の一撃。
 それが射手の体を捉える。連撃に繋がる体勢に体幹が動く。
 此の状況で尚、不屈の闘志を漲らせる人をずっと見ていた。

 白児先輩の体が沈む。もう一撃、入れる為の予備動作に入る。
 直後に、また紅の火柱が上がった。
 クリティカルヒットでなくても、今の白児先輩には致命打だ。
 膝が折れる。体が崩れる。もう一度、隣で息を呑む声が聞こえた。



 崩れ落ちかけた膝が、曲がる。
 打撃への予備動作。
 龍の顎が、牙を向く。
 固めた拳が、燃え盛る風を、ぶち抜く。



 4度目。魂が肉体を、凌駕する。



 相手は、驚愕の表情を――浮かべない。
 遠く離れた入口でさえも、その魂が大気を震わせる旋律が伝わってくる。
 対峙している人にとっては、どんな小さな油断であろうとも、赦されはしないだろう。
 白児さんが、魂の旋律を響かせる。応えるのは、戦慄以外に有り得ない。

 渾身の一撃を、紙一重で避けて零距離。
 拳を撃ち合う距離での、魔弾。朱いリバーブローが、めり込む。
 白児さんの体が、「く」の字に折れて……前のめりに、倒れた。
 それきり、動かなくなる。



 駆け寄ろうとしたアルケミラの腕を掴んで、強引に引き戻す。
 反射的に振り向いたアルケミラの心に、一瞬の空白が出来る。
 アルケミラだって、行ってはいけないことくらい、判ってた筈なのに。
 それでも、理性を感情で塗り潰させてしまうほどに、白児さんは―――戦った。

 僕たちとの約束を果たそうとして。
 約束を守れないことが、怖かったんだろうか。
 立ち上がって、倒れない姿は、凄絶の一言だった。

 でも、恐怖にだけ駆られた人は、きっと4度も致命打を受けて立ち上がることなんて出来ない。
 恐怖に負けそうな心を、叱咤して、折れそうな心を魂の強さで支えなければ。
 あの、紅蓮の嵐の中を4度、突き進むことなんて出来ない。


 なんて、勇気だろう。


 今の戦いを、不様とあの人は嗤うだろう。
 僕たちは、そうは思わない。そこに、あの人の剥き出しの強さを見たから。
 けれど、今横たわるあの人を助け起こして、それを伝えることは、出来ない。
 今の姿を僕たちに見られ、そう言われることは、敗北したことより尚、彼の心を掻き毟る。
 だから、駆け寄ることなんて、出来ない。



「――――サムライにタオルを投げるのは恥になるだけだよ」



 今の気持ちが巧く言葉に出来ない。
 つい、好きなフレーズをそのまま借りて口にしてしまう。
 もどかしい、僕の気持ちを汲み取って……落ち着いたアルケミラが、くすりと、笑った。


 そして、涙をぬぐったアルケミラと一緒に、その場を後にする。
 一度も、白児さんへは振り向かなかった。

 長い長い廊下を二人で歩きながら、僕たちのBCに気持ちを切り替えていく。


 まだ、風が熱気を孕んでいるように感じられて。
 それが、冬の冷たい風にかき消されてしまう前に。
 もう一度、隣を歩いているアルケミラが、僕に尋ねた。


    『勝ちたい?』


 僕たちの背後、廊下の奥で。
 誰かが、固い壁に何かを打ちつける音が、響く。



    「――――うん。勝ちたいよ」




 

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| | 2009/01/23 (Fri) 20:47 [編集]


 
 

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