アルケミラの小部屋

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Adoption




 深く、椅子に座り込んだ体から、『生命賛歌』の効果が抜け落ちると共に
 張り詰めていた気が解け、ようやく、鉛のような疲労を自覚する。

 寄り添うように、椅子の背に身を預ける小さな姉の、冷たく優しい
 夜のような体温を感じながら、今日という日を、想う。


 苦い敗北と、あたたかな勝利。
 届かぬ想いと、繋がる絆。
 滅び行く同胞の美しさと、醜い、我が身のことを――――



   「Adoption」



 哀しい目をしていた少年だった。


 少なくとも、彼にはそう感じられた。

 彼に言えた義理ではないが、故郷の同胞が多く、そうであるように
 貴く在る為、尊く従える為に、孤高たらんとする矜持を誇りとする吸血鬼は
 概ね、孤独を抱えて、その生を生きている。

 気位の高さを感じさせるあの少年は、その例に漏れず
 大人びた振る舞いの中、孤独の光を、その瞳にたたえていた。


 その孤独が、自分と同質のものだと、気がつけたのは
 刃を交え、命を交え、彼の大切なものを全て剥ぎ取っていく最中だった。

 それを、皮肉とは、彼は思わない。
 同胞を死地に追いやる選択をしたのだから。


 ただ、感情と論理で割り切れたとしても
 彼には、自分と同じ、そして、自分よりも深い孤独を抱えた少年に
 差し伸べる手も持てず、その名前を問うことすらも出来ないことが
 どうしようもなく哀しかった。


 友になっていれば、彼の孤独と寂しさは癒せただろうか?
 そうすれば、あの末期の、哀しみに満ちた表情だけでも
 変えることが出来ていただろうか?
 そんな、意味もない空想を巡らせる時が、気がつけば、出来ていた。



   ――――そんな相手を、嘲笑われた



 自分にあって、彼にはなかった、両親からの愛。
 一つの命として生まれたからには、与えられてしかるべきの愛ですら
 彼には、与えられなかった。

 彼は、きっと、求めてやまなかっただろうに。


 初めて、敬すべき相手に、等身大のまま、訂正を求めた。
 あの子を、嘲笑うなと。


 愛される為に足掻くことが、期待に応えようと積み重ねることが
 孤独で、厳しいものだと、知っているから。
 落胆を目にした時の絶望感と、胸に滲む罪悪感の苦さと
 疎まれ、遠ざけられる恐怖を、知っているから。


 その全てを知っているから。
 それ以上の苦しみを味わい、それでも抗ったあの子を、嘲笑するなと。


 初めて、同胞相手に、敬意を全て、言葉を投げた。



 その結果は――――あまりにも、無様だった。



「―――――――」



 悔しさに食いしばる唇を、長い犬歯が破り
 一筋、赤い雫が、おとがいを伝い、床に落ちる。

 気がつけば、腹部が消し飛び、地に臥していた。
 一矢報いるどころの話ではなく、一顧だにされなかった。


 彼は、友と呼びたかった相手の無念すら
 満足に、運び得なかった。


 手の中にある三日月が、月光を返して、瞬く。
 その輝きに目を落として、彼は、そこに映る己の顔を、見る。



 醜い顔だと、鏡を、何かを通して、その面貌を見るだに、思う。
 墓守を気取り、誇りながら、堕ちた、落伍者の顔。
 身の内の感情すらままならぬ、未熟のまま、原初へと至りかけた
 愚か者の顔だと、胸を、傷める。



 古を貴び、古を敬し、古を畏れ、古を封ずる墓守の顔ではない。
 彼は、この姿になるたびに、いつも、敗北感に打ち拉がれてきた。

 そして、そのたびに、首元にかかる小瓶の詠唱銀が
 涼やかな音色を奏で、彼を、立ち上がらせてきたのだ。


 吸血鬼でありながら、人の世の光、太陽の輝きを胸に宿し
 迷いなく、己の誇りを口に出来た女性(ひと)に預けた
 近衛の証の欠片が。



 原初とは、「捨てられた」者だと、彼は認識していた。
 懊悩と葛藤、愛、哀しみ、某かを捨てて、「至った」者だと。
 彼は、かつて、新たな力を得る機会を得た時、思ったのだ。


   「こんな力よりも、我々の怖れる力の方が、強い」


 と。

 一騎にして無数。ひとたび立てば無双。
 数百数千の黒影を従え、地を埋め尽くす絶望の群れ。
 「その力」に、何者も敵うものか、と。

 だから、身に秘めた怒りを解き放ち、身を委ね、堕ちかけ
 投げかけられた言葉に、踏みとどまった。


 自分は墓守であり、たとえ、己の野心の為に築いてきたものであっても
 そこに込め、紡ぎ、繋いできた絆は、本物だったから。
 彼は、忌むべきモノを、なんとか、遠ざけることが出来た。



 その絆は、彼に、色々なモノを与えて続けてくれた。
 今も、与え続けてくれている。


 年頃の少年らしい、ただ、純粋に、憧れと尊崇を抱く相手と戦ってみたいという欲求。
 最後の墓守として、朽ちて死に逝こうとしていた心に、恋を教えてくれた人もいた。

 何故、戦おうとしたのか。
 何故、絶対禁忌である、同胞に刃を向ける禁を侵してまで、戦おうとしたのか。

 それを思い出させてくれる友人が出来た。
 その小さな友人が戦火に包まれ、理不尽な死を迎える時を想像した時。
 彼は、思い出す。


 誰だって、死ぬのは怖い。
 死にたくなんかない。


 だから、掟やしきたりで、残りの人生を、『棺』に封じ込める権利なんてないのだと
 そう告げて、極刑を覚悟の上で、故郷から離れた時の気持ちを。


 彼らの苦難には、万難を排してでも駆けつけるつもりでいた。
 だが、運命の糸は、直接は繋がらず、ひどく、悔しい思いもした。

 ただ、そこに、細くても確かな絆の糸が残っていた時。
 彼らに託した想いが過つことなく伝わり、届くと確信した時。

 己の歩んできた道行きは、間違っていなかったのだと、信じられた。
 それが、ただ、言い表せない嬉しさで胸を満たしたことを、彼は覚えている。



「―――――――」



 厳しさにだけ彩られていた目が、三日月の刃の上、数瞬、和らぐ。
 とりとめのない思索しか巡れない彼は、つかの間、安らぎを得て
 その刃から、もう一度、己を透かし見る。



 拙く、愚かで、ちっぽけで、未だに、己を恥じているような身でも
 為せることもあれば、紡げる絆、届けられる想いもある。

 そう信じ、意気込んで、臨んだ場だった筈なのに。
 彼に出来たのは、ただ、吠えるだけだった。

 噛み付くことすらも出来なかったのだ。

 その後、彼に出来たのは、己の前に立ってくれる人たちの背中を見つめて
 立とうとする意思を燃やし続け、己を庇ってくれた恋人を抱きとめることだけだった。



 きっと、自分で卑下するほどに、他人はそう思わないのだろうけど
 彼は、改めて、自分の弱さを、噛み締める。


 そして、何より、悔しいのは、吠え叫んだ言葉ですら
 届かせられなかったこと。


 友達を笑った相手を…………殴れなかったことだった。


 ガンナイフの柄を握る右手が震え、空の左手は、白手袋を爪が破り
 手の平に喰い込むほど、握りしめられていた。



     ――――その左手に、そっと、夜が舞い降りる



『イセスが おもいっきりパンチしても
    あのヒトは きっと わからなかったよ』



「――――姉さん」



 静かに、声のない声が、胸に落ちる。
 椅子に背を預け、ただ傍に居てくれた姉が、諭すようにではなく
 ただ、思うままを告げるように、伝えてくる。


『だって あのヒトは あのコのおかあさんじゃなかったもの
  あのヒトは あのコのおにいさんだけの おかあさんだったから』



「―――でも」


 反論に開けかけた口が、次の言葉を紡げない。
 彼にも、それは、わかっていたから。

 彼は、原初の吸血鬼を「捨てて」「至る」領域だと、理解している。
 だから、そこで捨てられたモノの中に、彼が入っていたのだ、と。

 そう理解していても、納得は出来ない。
 なぜなら、彼は、あんなにも苦しんでいたのだから。

 その理不尽に、どうして……怒らずにいられるのだろう?


『それだけで いいんじゃないかな』

「―――え?」


 思考の空隙を埋めるように、声が飛び込んでくる。
 戦うために、見慣れた姿に戻していた姉ではない。
 ここ数年でとれるようになった、童女の姿になっている姉だ。

 見上げてくる顔のつくりも、仕草も
 なにもかもが幼いけれど、その心は、変わらない。

 いつも、いつも、彼の姉は、そうやって


『あのコは もうしんじゃったけど
   おこってもらったり 
    おもいだしてもらったりしてもらえるのって

  しんじゃったアトでも 
   おかあさんにわすれられても 

       あったかいコトだと おねいさんおもうな』


「――――――」


    ――――彼を、納得させてしまう。



 ストン、と、胸に落ちる言葉に、怒りが、鎮まっていく。
 ガンナイフを見つめる瞳に、彼の持つ、どうしても捨て切れない
 優しさが、降り注ぐ。


『イセスは そういうの むいてないんだから
  パンチできずに くやしがったり ないたり セイシュンするだけで よいのよ』



 立ち上がり、椅子の背をよじ登り、背後から弟の頭の上に
 腕組みをして、居座りながら、小さな姉は、その小さな手で、弟の頭を撫でる。


『キミは なぐったり 
  なぐりかえしたりしなくするために
   がんばってるんだから  でしょ?』



 微かに頷く弟に、満足げに頷いて、姉はそれきり言葉を止める。
 小さな、本当に小さなすすり泣きが、まるで聞こえないようなフリをしながら。



 静かに、胸の悔しさを放ちながら、今日を振り返る。
 名も知らぬ少年のために、怒り、敬意も忘れて戦ったことにこそ
 意味があるのだと、噛み締めながら。







『ねー  イセス』


「―――なに、姉さん?」



 時が過ぎ、心が落ち着いた絶妙のタイミングで
 姉が、何気なく、言葉を放つ。
 応じる声は、深く、穏やかで、優しい。



『いつまでもねー あのコ あのコじゃアンニャロだから
  おねいさんたちのナカで ナマエをあげるのはどうかなーとおもうのよ』


「名前?」

『そう ホントのナマエはあるだろケレド
  ユウジョウネームってカンジ あとおねいさんのカンでは タブン ドンピシャ』


「姉さんの勘は、当たるからなあ」


 姉の戯れに、けれど、確かに
 どこか確信めいた響きを感じて、彼は問い返す。

 彼の姉は、いつも、破天荒で突拍子もなく
 ずるくて、おいしいところを持っていくのだから。


「なんて名前?」

『あのねー』






 姉が唇に乗せた言葉に、何故か、涙がこぼれて。
 彼は、頷いて、ため息をこぼすように―――――答えた。







                  「ああ………いい名前だね。
                       すごく、彼に似合ってる」






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