アルケミラの小部屋

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アルケミラとイセスのこべや その47

 ――――カタリナ失踪ス。


  欧州生まれの姉弟に届いたその一報は、二人の心中を酷く揺さぶるものだった。
 彼女らの記憶の中、淡く幸福に満ちた微笑を浮かべるのは紛う事無く深窓の令嬢。

  ウートガルド領の中、愛憎入り乱れる淫劇の果て、葬儀と口憚る所業を生業として
 一族郎党の生存を赦されたストロームガルドとは違い、彼女は武家の名門、フラウ
 ウェンガルドの娘として、何不自由なく過ごしてきた少女であった。武家の娘として、
 戦の手筋を手ほどきされていたことはあろう。だが彼女らの知る限り、それも行き過
 ぎたものではない。むしろ家人が風雅を愛でるカタリナの性格を知り、護身術程度に
 留めていた。彼女は誰からも愛されていたのである。
  花を愛し風を愛で、星空に笑い、雪に泣く。暖かい家族に包まれた幸せな生活。そ
 んな世界のやさしさを敷き詰めたような生活の似合う、少女であった筈。それが何故
 その生活を捨てて失踪せねばならなかったのか? 衝撃を受ける姉に、弟は重い口
 を開き、非情な現実を告げた。


 「カタリナさん、マリアと……愛し合ってたんだって」


  明朗快活を信条とする姉は、絶句して二の句も告げなかったという。さもありなん。
 貴種の名門が二つほど格の落ちる家のものと通じていた。それだけであれば、彼女
 の口を噤ませるには至らなかった。たとえ、同性の恋仲であったとしても、彼女は常
 なら微笑んで二人の仲を寿いだであろう。しかし、告げられた名前は姉弟の舌から言
 葉を奪うほどに、重かった。マリアは―――先の戦線で他ならぬイセス自身が、絶命
 寸前の彼女を気遣い、息の根を止め、臨終を看取ったアイゼンガルドの徒(ともがら)で
 あった。


  世の全てには表裏がある。学園と結ばれる運命の糸は、友誼ばかりを運ぶものでは
 ない。時としてそれは大戦に発展する戦の火種を運んでくる。幸と不幸の織り成す命数
 の糸の綾目模様の皮肉に、二人は暫し、為す術もなく立ち尽くした。


  幾許かの時を経て、弟の口から機械的に告げられた情報は、深窓の令嬢カタリナが
 出奔し、日本へと向かったこと。そして銀誓館を目指していたことであった。姉弟に保
 護者であるベルマルクが頼んだのはカタリナの保護と説得。ベルマルクの下で禄を食
 む以上、それ以上に血盟よりの下命である以上、果たさねばならぬ報恩ではあるが、
 それ以上に、友人の少女の安否を案ずる姉弟である。一も二もなく弟が頷き、姉もまた
 弟の話を聞くや否や、力強く首肯を返した。遠い異国に令嬢一人。放ってはおけぬ。

  それから数日が過ぎ、二人の心配を他所に、令嬢の足取りは知れた。慣れぬ一人旅
 であり、彼女もまた血盟に属する以上、海を渡る手段は限られている。そして日本に入
 り鎌倉を目指せば、後は人の多い銀誓館のことである。ツテを使えば造作もないことで
 あった。果たして、二人が目にしたのは、彼女らの知らぬ一人の戦鬼。生まれの姓を捨
 て、アイゼンガルドと名乗った少女は、GTに出向いたと教えられ、彼女を案じ後を追った
 二人の前で、右腕に禍々しい杭を備えた姿で、現世と異界の狭間、その入り口で静か
 に二人を待っていた。背後に聳えるは朽ち果てた高層のビルディング。狂鬼の疾駆した
 戦場の片隅で、自らを外道畜生の淵まで落とした女が嗤った。


 「ここへ来るまでに金も尽きた。追われて逃げるのも億劫だ。
  お前たちが私の面倒を見るつもりなら、大人しくついて行こう。
  だが本国には帰らん。本家の連中には絶縁状を叩きつけてある」



  長い黒髪を揺らし、緩やかに口の端に笑みを浮かべるは艶めいた褐色の肌を持つ一
 人の女。少女などという生易しい形容が似合う外見(そとみ)はとうに過ぎていた。傲然
 と言い放たれた言葉も、変わり果てた微笑も、姉弟の胸を痛めはすれ、対峙する二人
 の緊張を断つには至らない。むしろ、その危うい立ち姿が二人の張り詰めた雰囲気を
 一層に強くする。弟がまず先に、整った柳眉を微かに寄せた。遅れて姉が同じ仕草。

  違うのだ。かつてフラウウェンガルドの姓を受けた少女から漂う気配が、違う。貴種の
 匂いが失せている。今の彼女から漂うのは濃厚な、従属種の気配。なるほど、その姿を
 さらしたとあれば、貴種の名門にとってはこの上ない絶縁状となろう。

  説得が通じる状況でも精神状態でもない。少なくとも今は、だ。頭を切り替え、カタリナ
 の言葉に弟が頷き、暮らし向きを支えることを約束する旨を告げる。真剣な彼の眼差し
 は昔日と変わらない。義理堅い彼の性格を知るカタリナは鷹揚に頷き、一先ずの信を示
 した。だが、対峙する三人の距離は変わらない。この三人の間には、そんな小手先の会
 話よりも重い、確かめねばならない事実があった。カタリナが口火を切らんとしたその矢
 先、機先を制して弟が、口を開いた。


 「マリアを殺したのは僕です」
 「そうか」


  感情の色を失くした答えと、状況が動くのは同時だった。口にされた言葉が風に溶け
 るよりも先に、褐色の女が地面を蹴った。抉れ飛ぶコンクリートの路面が女の踏み込み
 の強さと、タイプを物語っていた。完全な気魄特化型の踏み込みだ。疾く、鋭く、そして
 重い。右腕の杭を引き、左腕を前に突き出し、上体を倒したシンプルな突き。己を一本
 の槍、否、杭と化して女が駆け抜ける。対する姉弟は―――動かなかった。


 「―――インパクト」


  轟音と共に、杭打ち機、詠唱パイルバンカーの射出機構が作動し、彼女の体重と速
 度、そして荒れ狂う衝撃のアビリティが解放される。狙い過たずに繰り出された右刺突
 が、上からの打ち下ろしでイセスの体を、真っ直ぐに貫いた。使役使いの薄い詠唱防具
 を突き破り、左胸を貫き、左肺と心臓を一瞬で潰す。瞬く間にイセスの胸中が溢れ出し
 た血で満たされるも、解放された衝撃の波がその血液を受け止める胸郭の内部を即座
 に、ズタズタに引き裂いていく。瞬き一つの間に、イセスの心臓付近の組織はただの肉
 の塊となり果てる。制御された女の一撃は無用な破壊を生まず、イセスの生存に必要な
 臓器だけを破壊し、徹った衝撃はイセスの余命を無造作に摘んだ。常人であれば、絶命
 は必至であった。


 「―――」


  イセスは、生きていた。魂が肉体を凌駕し、世界結界の表側では不可能な生存を可能
 にしている。彼は、パイルバンクの衝撃に一歩も下がらず、そこに立ったまま、傍らに佇
 む姉を制することすらもせず、ただ立っていた。一度だけ、生々しい嚥下の音が響く。逆
 流する於血をカタリナに被せぬ様にと配慮して、イセスが胸中に溢れる血液を呑み込ん
 だ音だ。彼はそれ以上、何もしなかった。そして、何も言わなかった。姉も、何も。何も。


 「――お前の、その物分りのいい所が、昔から大嫌いだった」
 「―――んっ」


  串刺しの少年を鉄杭の半ばに留めたまま、カタリナが右腕を上げた。突き刺さる体が
 軽々と持ち上げられ、掲げられる。自分の体重で左肩の肉に食い込む鉄杭の痛み、鉄
 杭と肉の間に開いた隙間から流れ込む空気に内臓を舐め尽される感触。そして動かさ
 れたことで胸中に溢れ返る血が、小さなうめきと共に口の端から零れ落ちる。痛みに顔
 を顰め、血の気を失いより白く染まる肌。喀血を堪える少年の表情はどこか情事を思わ
 せ、場違いに嗜虐的な性的興奮を煽る。その顔を眺めながら、また、女が嗤った。


 「私の気が済むまで、このまま続けるつもりか?」


  優しい、諭すような声と共に、轟音三つ。杭打ち機の作動音が鳴り響き、鉄杭が串刺
 しにした体を陵辱し、貫き荒らす。小柄な体はその体重の軽さ故に、杭がバンクするた
 びに哀れなほどに揺さぶられ、自分の血に濡れて滑りながら前後する。さながら、それ
 は暴漢に散らされる処女花を連想させる。より深々と食い込む鉄杭の冷たさに体力を
 奪われながら、イセスは、弱々しくパイルバンカーに手をつき、自分の体を支えた。


 「――そうだろうな。限界まで付き合うつもりは、お前にもないだろう。
   自分が耐え切れなくなれば、お前は謝罪を口にしながら私を叩きのめす。
   構わんさ。そうでもしないとオチのつけどころがない。私も望むところだとも」



  妥協を示す言葉にイセスが伏せていた顔を上げる。瀕死の状態であっても、その瞳
 からは知性の光が消える事はなかった。実際に彼女の言う通りだった。幾らなんでも
 こんな攻撃を受け続ければ死んでしまう。絶命する前に、彼は反撃するつもりだった。
  こんなことで彼女の気が済むとは思えない。復讐を誓う心に変わりはないだろう。だ
 としても、彼は彼のケジメとして、どんな理由があれ、その最愛の相手を奪った人間と
 して、一撃、受ける覚悟があった。そして少なくとも、その意図は相手に伝わっていた
 のだ。相手は完全に理性を失っているわけではない。ベルマルクからの伝言の言外に
 含まれていたもう一つに頼み。「カタリナが完全に狂気に冒されていたのであれば、彼
 女を『棺』へと導け」という頼みを果たさなくてもういい。生まれ出でた希望に気力を新た
 にし、イセスは鉄杭がこれ以上左の胸に食い込まぬように自分の体を支えながら、彼
 はカタリナの次の言葉を待った。


 「憎むべきは判っている。あの恥知らずの老害どもだ。
  あいつらのおかげで、私はマリアと引き離された。
  本家の連中への復讐は、血を捨て、穢すことで既に終えている。
  なら、後はあの老害どもを血袋にしてドブに捨てることだけが私のすべき復讐だ」



  パイルバンカーの杭を伝い、射出機構を濡らし、流れ落ちる真紅の雫。その滴りを指
 へと絡め、左の指で弄びながら、彼女は自問とも、自嘲ともつかぬ笑みを漏らした。聡
 明すぎる理性のたどり着いた結論は、しかし、復讐の炎を鎮め置くには弱すぎた。

  “最愛の相手を殺した”、どんな事情が秘められているのであれ、その事実に相当す
 る相手を、一度、完膚なきまでに陵辱せしめねばならないほどに、彼女は復讐に狂っ
 ていた。共に笑い合い、幸せな日々を過ごした愛らしい姉弟であっても、踏み躙らずに
 はおけなかったのだ。



 「――――面倒をかけたな」


  だが、それを為した後、胸に残ったものは、絶え間なく襲い来る慙愧の念。身を案じ、
 自らの保護を買って出てくれた恩人への無体を悔いる気持ちだけだ。血の滴る鉄杭を
 抜くために腕を引く。小柄な体は地面に落ちる前に、それよりも小柄な影に受け止めら
 れる。衝撃に、今まで堪えていた血反吐をぶちまける少年の出血量は、知人のものと
 思えば背筋がゾッとするほどの量だった。肩を支える姉の、アルケミラの祈りがズタズ
 タになっていた内臓を癒す。杭を刺し込んだままでは、再生された臓器が杭により傷
 ついてしまう為、今まで、彼女はじっと耐えていたのだ。

  互いに理解し合った、最低最悪の妥協点。その、唾棄すべき茶番劇をも、彼女は理
 解していたのだ。後は、ただ、その後の動きに尽きる。彼女が今後も、こんなことを続
 けるつもりであれば、カタリナは姉弟にとって……『棺』に詰める相手となる。今、その
 要素も完全に消えた。


 「―――っ……がっ……ん…っ…ふっ……」
 「――――」

  けじめをつけ終えた後の三連撃。あれは余分な攻撃だった。ただ、破壊衝動を叩き
 つけるだけの暴力の嵐に、姉も、弟も、よく耐えた。そのことを感謝し、自分の気持ち
 に一区切りをつけさせてくれたことに礼を、そして謝罪をしたいと女の心が願った。だ
 が、紡ぎ出される言葉は、ただのそれだけ。血塗れの姉弟を見下ろす瞳は、未だに
 冷たく、凍っていた。


  顔を上げるサキュバス、かつてはサキュバスだった女性の瞳が、女を見上げる。その
 バイザーに隠された瞳に浮かぶのは、変わってしまった女への悲しみと、そして労わり
 の色。見下ろす瞳が読み取れぬものではない。だが、女はその瞳に痛痒を覚えるかの
 様に、視線を逸らし、二人に背を向けた。


 「――早く立て。案内しろ」


  長い髪を揺らし、かつて少女であったものが道を征く。その後姿と姉弟の間を隔てるか
 の様に、渺茫と、風が吹き抜けていく。過ぎ去りし過去は戻らぬ思い出となり、今はただ
 追憶の彼方の、甘い記憶として、まほろばの如く風に溶け消えるばかりであった。

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