アルケミラの小部屋

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-Passing moment-




「これで、よし、と」



 机に向かい、走らせていた筆を止め、最後にもう一度だけ文面を確かめ、彼は筆を置いた。
 インクが乾くのを待ちながら、用意していた封筒の宛名を確かめ、満足気に息を吐く。
 そして、そんな行為をしている自分に、彼は軽く苦笑する。

 彼がしたためていたのは、遺書だ。
 別に、彼は今日明日にでも自殺するわけでも、不治の重病の末期なわけでもない。
 それは、志半ばで戦に倒れた時……そして、いずれ旅立つ故郷の独逸で、
 試み為らずに死んだ時のためのものだ。


 彼を識る友は、あるいはこの行為に憤るかもしれない。呆れるかもしれない。
 遺書をしたためる前に、生きる努力をしろ、と、彼を叱り飛ばすかもしれない。
 なるほど、今、彼が身を寄せる銀誓館の生徒らしい物言いだ。共感できる。

 ただ、どれだけ絆が深まったとしても、彼にとって譲れない部分はある。
 彼らは、漫画やアニメ、フィクションの登場人物ではない。
 どれほど強大なメガリス破壊効果を有していたとしても、発動しなければ意味はない。

 彼は、生ある者であるのだから、必ず、死ぬ。
 そして、戦場に立つのであれば、死は、ただ日々を過ごす時より遥かに近く
 その隣に佇んでいる。そして、唐突に訪れる。


 ついこの間までは、既に彼を迎え入れる準備が整っていたのだ。
 死は身近なものであり、厳かなものであり、無慈悲なものであり、優しいものだ。
 やがて訪れるその死に対して、彼は訪れた先のことを想う。
 死を覆し、残された人々に言葉を届けることは、侵してはならぬ禁忌だ。
 だからこそ、先に、生きている時に、彼は、言葉を残す。



 ―――――机の下に視線を投げれば、そこには小さな箱の中に、封筒が詰まっている。


 以前、彼がしたためた、遺書たち。
 故郷の独逸で、確実に待ち受けていた死。
 極刑による、吸血鬼としての死を迎える前に、書き遺した言葉。


 それは、今まで彼に応じてくれた人々への謝罪の言葉だった。


 結論から言ってしまえば、彼は、まず、一番最初に、誰も彼もを裏切っていた。
 生を尊ぶ銀誓館という組織の理念に轡を並べながら、彼は、死を是としていたのだ。
 自ら死を選んだ人間が、生きる者を励まし、導き、守り、共に歩んでいた。
 自らの望み、墓守として同じ選択をする他の自分を、以後、生まないためだけに。


 全てを終えた後、彼は、死んでから、皆に謝罪の言葉を届けるつもりでいた。
 恋も、友情も、なにもかもが楽しく、尊いものだった、ありがとう、と告げながら。



 今にしても、最低だ、と彼は想う。
 死んだ者が、死した後に、裏切りの告白と、謝罪と、感謝だけを届けるのだから。
 彼は、もちろん、それを理解した上で、今まで過ごしてきた。
 故に、彼には自分を誇ることなど、到底出来ることではなかったのだ。
 彼は自分の卑しさ、卑劣さを理解した上で、悪と不義を為していたのだから。



 ―――――しかし、それも、もう、終わりだ。



 彼は、箱の中の封書を一つ、手にとって、目を細める。
 同胞も、恋人も、銀誓館も裏切り続ける日々は、終わった。
 彼は、本当の意味で、銀誓館の志を受け取り、己の中で芽吹かせたのだから。
 そして、今、胸を張って、銀誓館を裏切らない生き方を、
 同胞を裏切らぬ生き方と重ねて、生きて行ける。



 戦いがあった。
 遥か古の血、彼が最も敬し、最も憎んだ、原初の血と
 彼が最も憎み、そして最も愛した人間たちとの戦いが。


 目蓋を閉じれば、色鮮やかに蘇る。

 真の闇を従えた貴人たちの、孤高の生き様。
 彼が捨て切れない感傷を超えた先にある、完成された“個”の立ち振舞いが。

 その闇に挑むのは、かつて彼らを『城』の内側へ追いやった血統。
 今も尚、否定の結界で自らの同胞を守り続ける、優しい人々に属する者たち。


 最初は、その優しさにつけ込んで、信頼と信用を得て、
 ただ自分のための勝利をもぎ取るために、彼らと交わった。
 そして、いつの間にか、自分のための勝利は、彼らへ捧げる勝利に、
 己を利するためだけに積み重ねてきた絆は、彼の本音を引き出し、
 種を超えた友情を、愛を、彼にもたらし、与えた。
 彼の人生において、死は、常に隣り合わせだった。
 そして、青春などというものは、なかった。
 彼は欲しなかった、誰も彼に与えなかった。
 しかし、それが芽生え、そして、育まれていった。
 彼が、最後には愛した、人間たちの手によって。



 耳朶には、いつまでも消えぬ追憶の残響が響いていた。

 完璧な父親、誇らしいその血統を穢す無様な己を恥じる心。
 恐らく彼が生涯で看取るであろう以上の数の死を、
 同胞に齎してまで欲した、夢幻でしかない未来のために、
 同胞を裏切ったことを悔い続ける心。
 畏れ敬いながらも、忌むべきものとして退けていた力、
 原初の領域に踏み込みかけた心。


 その心を受け入れ、祝い、導いたのは、彼が憎んで止まぬ原初の血。
 彼はその時、本当の意味で、その血の尊さを、理解した。
 個としての、吸血鬼としての在り方を存在で示し、言葉で他者に伝える古翁。
 彼の投げかけた言葉が、いつまでも消えぬ漣となって、彼の胸に残る。


 その生に刻んだ同胞の勲と誉れ、戦い。
 そして、その同胞に相対した人間たちの持つ、ひたむきな心。
 優しさと、愛を語り継ぐのであれば、敬する者の名ではなく、
 己の名を以て、為せ、と。



 銀誓館で紡いだ軌跡。
 そこに、古き血の道標が交わった時。


 彼は、古のしきたりに、抗う意志と言葉を、胸に宿したのだ。
 永い永い眠りにつく同胞たちに、物語を語る墓守の身が、
 斬首を受け、吸血鬼ですらなくなった穢れた身であっては、ならない。

 それは彼が描いてきた軌跡と、そこで待ち受けていた出会い。
 彼を言祝いだ者の全てを穢すことになる。




 彼は、全ての戦いを終えた後、故郷に戻り、
 一人の吸血鬼として、その生命が尽きるまで、物語を語ろうと決めた。
 

 その選択が、葬院の長老たちにどのように受け止められるか判らない。
 その場で、八つ裂きにされるということもあるだろう。
 戻らぬという選択肢も、その場に誰かを伴うという選択肢も、ない。
 彼は最早、死を是として行動する以前の彼ではないが、
 あの『棺』の円卓は、彼の死地である可能性が高いのだ。


 だが、だからこそ、彼は独りで往かねばならなかった。
 その死地を前にして、抗いの言葉を得たことを告げるために。
 一人の吸血鬼として、掟を超えて為さねばならぬことを下げ、
 本当の意味で、あの円卓を解き放つために、往かねばならぬのだ。


 死ぬ為ではない。
 生きる為に往くからこそ――――その生の先に待つ、死を、彼は疎かにはしなかった。



 書き終えた遺書を、封筒に包む前に、
 以前の過去と決別するために、彼は、手にした封書を……破く。


 中に詰まった、死した後に行う謝罪と、感謝の言葉を破り捨てていく。
 今度、新しく書きしたためた言葉は、友人たちへの、
 ごくありふれた手紙であり、その身を労り、明日を祝うものであり、
 要約すれば、きっと、「どうか、お元気で」、で済むような言葉。

 けれど、死した後には、決して伝えられない言葉でもある。

 恋人にあてた手紙は、友人たちに宛てて詰め込んだ言葉より多く
 長い言葉と―――「両親を、大切に」という言葉が、刻まれている。
 彼にはついぞ、出来なかったことだから。


 最後の一枚を破り捨てると、窓から挿し込む日差しに、ふと目が眩む。
 学園の現状は、想像を絶する状況になりつつある。
 恐らく、待ち受けているのは、今まで以上の地獄だろう。
 

 インクの乾いた便箋を封筒に詰めながら、
 彼の指先は、その心と同じ様に、晴れやかだった。



「きっと、君たちは、誰にも読まれることなく、燃えてしまうから」



 最後の一通を封じ終えると、机の傍らにある、
 三日月刃のガンナイフに一度、目を留めて、
 彼は自分がしたためた言葉たちに、向き直って、告げた。



「――――君たちを綴ったことも、覚えておくよ。僕が、死ぬまで、ずっと、ずっと」 






 

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