アルケミラの小部屋

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Re:Going on




 静かに、雨音が響く。


 屋内プールの中で、雨など降る筈はないのに
 それはハッキリと、僕の耳に届いていた。

 降り注ぐ雨粒も、肌を打つ雨の雫もなく
 目の前は、雨の緞帳に烟ることなく明瞭で。

 だのに、僕は、確かに雨音を聞いていた。
 降りしきる、雨を視ていた。


 細い細い、銀色の雨粒が奏でる
 涼やかな雨の音を、確かに、聞いていた。



 ―――砕けた詠唱防具から溢れる、銀色の雨の音を。




「Re:Going on」




 その日、その瞬間を待ち望んでいたのは
 誰だったのだろうか。


 御鏡・幸四郎という人は、その日を、少なくとも3年は
 待っていた筈だった。


 彼との出会いは、よく覚えていない。
 ただ、彼が、「入団した時から、気にかかっていました」、と
 静かに言ったのを、よく覚えている。


   ―――轟音が一つすると共に、あの時と同じ様に
      詠唱防具が一瞬で砕け散り、胸郭を、雑霊弾が撃ち抜いていった。


      使役使いの体力を奪うには十分すぎるほどの威力が
      肺腑を抜けて、背中に徹る。完全な致命傷に、体躯が傾ぐのを感じた。

 
 さんざめく銀の雨音を聞きながら、思い出していた。
 そして、ふと、思い至る。
 あれが、彼らとの「出逢い」なのだろうか、と。


   ―――たった一度で崩折れた足が、床を噛んで、倒れる体を支えた。
      否、支えたというほどに大仰な仕草ですら、なかった。
      ただ、「倒れる」という選択肢が、体の全てから放棄されていた。

      「倒れられない」のだから、帰結は一つ。
      僕は、ごく自然に、そこに、立っていた。


 その日、その瞬間を待ち望んでいたのは
 誰だったのだろうか。


 イセス・ストロームガルドがその日を待ち焦がれていた時間は
 少なくとも、御鏡・幸四郎という人が費やした時間よりも
 多かろう筈がなかった。


 右腕が上がり、鉤爪の形を作る。
 振り下ろす軌跡の先、艶やかな黒影が、正に影と化して
 爪先から逃れ、流れるような動作で、銃口をポイント。


 轟音。
 直撃。


 胸腔を抜ける灼熱がもう一度。
 気力だけで立っている魂を、五度打ち倒す破壊力が吹き抜ける。


 痛みに白む意識の中で、想う。
 待ち焦がれていた時間、待ち望んで積み重ねた想いで勝るこの人に
 どうやったら勝てるのだろう、と。

 そして



 この人と出逢ったのは
 一体、いつだったのだろうか、と。



   ―――雨音に紛れて、祈りの声が聞こえる。
      すぐ近く、すぐ傍で、祈りの声が、聞こえてくる。

      それは、僕以外には届かない声。
      僕だけに届く、姉さんの声。

      一度だけ頷いて、足を踏み出す。
      体は、二度目の選択肢放棄をしていた。



 右腕が上がる。
 同じ構えで、同じ技。

 たとえ何千回、何万回見切られても
 この技だけは、信じている。

 僕の父が確かに生きた証だから。
 


 目の前には、黒い影が一つ。
 その中に二人。勝ちたい人たちが、居る。



 右腕を振り下ろしながら、想う。


 僕がこの人に出逢ったのは、初めて逢った日なのだろうか、と。
 それは、違う、と、言い切ることが出来た。


 人は人と出会って、その人に出逢うのでは、ないから。
 積み重ねたお互いの時間の中で、言葉を交わし、心を交わし
 同じ時間を過ごした絆の中で、その人の心の裡を覗いた時、初めて


 人は、人と出逢う。



   ―――爪牙が、黒影を捉える。


      瞬間、思いの丈を全て、解き放つ。


      猛り狂う血と心の叫びが、影を、断つ。



 交錯の中の思索で、至る。
 この人と逢ったのは、ほんの、数ヶ月前だった。


 それまで、共に笑い、共に戦い、語らい、時に導かれ
 労苦を分かち、労られ、あれだけ時を重ねた人だというのに

 その、熱い熱い、静かな闘志を知り得たのが
 ほんの数ヶ月前だった。



 結論にたどり着く。
 僕が彼に出逢ったのは数ヶ月前で
 きっと、彼は、もっとずっと前から、僕に出逢っていた。

 彼と僕との間に横たわる時間の隔たり。
 その長さを考えれば、僕が、勝てる道理は、ない。


 では、僕は、負けるしかないのだろうか?



   ―――爪牙が、再び、黒影を捉える。


       彼は、姉の祈りを胸に、立ち上がった。



 彼に勝つためだけに、戦道具を設え
 必勝の先手をとって尚、劣勢に追い込まれること二度。

 彼の闘志に触れていなければ、折れていたであろう膝を支え
 ようやく必殺の一指を繰り出せば、彼もまた、倒れない。


 膝を支えるものが、もし、積み重ねた想いの強さ、重さ、長さだとしたら
 削り合いで、僕が負けるのは、必定だった。



   ―――繰り出す事、三度。


       爪牙が黒影を抉る。


       彼は、静かに、そこに佇んでいた。



 強い。

 改めて思う。

 本当に、身も心も、強い。


 心の奥底から沸き上がる感嘆と共に
 ふと、先程、結論が出た筈の疑問が


 もう一度、心の片隅をよぎった。



 彼に出逢ったのは、いつだろうか、と。



 ただただ、勝ちたい、と、前を向いていた気持ちに
 熱く燃える夏の空の心に、ふと、秋の風を、感じた。



 彼は、なんと言っただろう。
 この戦いが始まる時、なんと、言っただろうか。




「――――」



 静かに見据える視線の正面。
 彼は、静かに、佇んでいた。


 この戦いが始まる前に告げた言葉を
 きっと、ずっと、もっと前から、胸に抱えたまま。



 戦いの火蓋を切った時の声が、蘇る。



           ――――「幸四郎さん、七ノ香さん……勝負です!」


 その日、その瞬間を待ち望んでいたのは
 誰だったのだろうか。


 その出逢いを待ち続けていたのは、彼だけで。


「―――イセスさん、アルケミラさん」



 今、ようやく、僕たちは



「超えられますか、私たちを」


            ――――「超えられますか、私たちを」


 その出逢いに、辿りつけた。


 彼と出逢ったのは、いつだっただろう。
 それは、遙か3年も前であり。
 たった数ヶ月前であり。


 そして、今、今日、この日、この瞬間だった。


 その日、その瞬間を待ち続けていた彼に
 贈る言葉と技は、ただ一つ。



「――――はい」



 確かな頷きと言葉を返し
 彼からの願いを受け取り、受け止めて


 静かに、右上段から、爪を、振り下ろす。



 ゆっくりと傾いでいく幸四郎さんの向こうで
 ずっと、彼を見守っていた、彼によく似たお姉さんが
 静かに、優しく――――微笑んでいた………


      

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